盛岡地方裁判所 昭和55年(ワ)13号
原告
菅原茂男
同
田中与一郎
同
田中日出夫
同
藤原静雄
同
伊藤勝男
右原告ら訴訟代理人弁護士
沢藤統一郎
被告
釜石鉱山株式会社
右代表者代表取締役
村島一郎
右訴訟代理人弁護士
佐藤邦雄
同
野村弘
主文
被告は原告らに対し、それぞれ、金五二万九〇一七円及びこれに対する昭和五四年一二月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告らの請求の趣旨
1 被告は原告らに対し、それぞれ、五三万四〇一七円及びこれに対する昭和五四年一二月九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する被告の答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 被告は、鉄鉱、銅鉱その他の金属鉱物の採掘及び販売を主たる業とする株式会社である。
原告らはいずれも被告との間に労働契約を結んだ被告の坑内作業員たる従業員であり、被告の従業員で組織する釜石鉱山労働組合(以下、「組合」という)の組合員である。
2(一) 被告と組合は、昭和五四年六月一九日ころ、同年夏期一時金の支給に関する労働協約を締結したが、その内容は、被告の従業員を坑内作業員とそれ以外の者に区分し、坑内作業員に対しては昭和五四年上期一時金として一人り(ママ)一四万四一七円を支給する、右一時金の支給日を同年七月一〇日と定める、というものであった。
(二) 被告と組合は、昭和五四年一一月二八日、同年期末一時金の支給に関する労働協約を締結したが、その内容は、被告の従業員を坑内作業員とそれ以外の者に区別し、坑内作業員に対しては昭和五四年下期一時金として一人り三八万八六〇〇円を支給する。右一時金の支給日を同年一二月八日と定める、というものである。
(三) 被告は昭和五四年一〇月一一日、被告の全従業員に対し、山神社大祭酒肴料名下に一人り五〇〇〇円の特別賃金を支給することを決定し、その旨の意思表示をした。
3 賃金請求権
原告らは被告に対し、右各労働協約の効果として、それぞれ右各一時金(以下、「本件各一時金」という)の合計五二万九〇一七円の一時金請求権を有する。
また、原告らは被告に対し、それぞれ前記五〇〇〇円の特別賃金(以下、「本件酒肴料」という)請求権を有する。
4 損害賠償請求権
仮に、本件各一時金及び本件酒肴料の賃金請求権を認められないとしても、原告らは次の理由により被告に対し損害賠償請求権を有する。
原告らはいずれもいわゆる「振動病」罹患者であって、その症度は昭和五一年六月二八日労働基準局長通達「振動障害の治療について」(基発四九四号)にいう症度四に該当し、釜石労働基準監督署長も原告らにつきいずれも右症度の業務上認定をした。右通達によると、症度四の場合は就労が禁止されているし、原告らの病状は右罹病のため昭和五四年四月以降今日まで就労不可能な状態にある。原告らの右罹病は被告及びその前身である日鉄鉱業株式会社(以下、日鉄鉱業という)において、原告らが被告及び日鉄鉱業の従業員であった当時被告及び日鉄鉱業の労働契約に内在する本質的債務たる安全保障義務違反の結果もたらされたものである。したがって、原告らは被告に対し、右義務の不履行による損害賠償として、原告が得べかりし賃金相当額の請求権を有する。
5 よって、原告らは被告に対し、主位、的に賃金請求権に基づき、予備的に損害賠償請求権に基づき、それぞれ、本件各一時金及び本件酒肴料の合計五三万四〇一七円及びこれに対する最も遅い履行期の翌日である昭和五四年一二月九日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、被告と組合が昭和五四年六月上期々末手当(上期一時金)について、同年一一月二八日下期々末手当(下期一時金)について各協定したこと、被告が同年一〇月一二日、同月一一日に山神社大祭に因み報奨金五〇〇〇円を支給したことは認め、その余の事実は否認する。
3 同3は争う。
4 同4の事実のうち、被告が日鉄鉱業から分離独立して設立された会社であることは認め、その余の事実は否認する。
三 被告の主張
1 被告会社設立の経過について
日鉄鉱業は、東京都千代田区丸の内二丁目三番二号に本社を置き、鉱業、土石採取業等を目的とする会社であるが、事業所の一つとして、釜石市甲子町に釜石鉱業所(以下釜石鉱業所という)を設置し、同所の釜石鉱山において、鉄鉱・銅鉱等の採掘等の事業を営んでいた。ところが近年に至り、釜石鉱業所においては、鉱量の枯渇、粗鉱品位の低下、採掘条件の劣化等に加え、不況・円高等による経営環境の悪化によって操業が困難となり、昭和五四年三月三一日をもって同所閉山のやむなきに至った。しかし、一挙閉山によって生ずる雇用不安ならびに地域に対する打撃を緩和するために、三年間を限度として、釜石鉱業所の資産を譲受けるなどして、鉄鉱・銅鉱等の採掘ならびに販売を目的として、日鉄鉱業から分離独立して設立されたのが、被告会社である。
2 被告会社における従業員について
(一) 釜石鉱業所における従業員は職員(日鉄鉱業本社採用。釜石鉱業所に配属され、主として企画・管理・監督的業務を行う。)、鉱員(釜石鉱業所採用。同鉱業所に属する採掘・選鉱等の現場作業等を行う。)及び臨時員(釜石鉱業所採用。主として、同鉱業所の付属施設(浴場・寮・保養所等)等に勤務し、補助的作業を行う。)の三つに分かれ、職員は日鉄鉱業の各事業所に勤務する職員を統一的に組織した「日鉄鉱業職員組合」の組合員であり、鉱員は釜石鉱業所の鉱員で組織する「日鉄鉱業釜石鉱山労働組合」の組合員であった。なお、臨時員は労働組合の組合員ではなかった。
(二) 釜石鉱業所の閉山、被告会社設立によって、職員は閉山後も日鉄鉱業の職員の身分を継続し、昭和五四年四月一日から被告会社に出向し、出向社員となり、鉱員・臨時員は同年三月三一日付をもって、事業都合により釜石鉱業所から解雇され退職金を受領し、被告会社は、同年四月一日付をもって、右鉱員、臨時員の約半数につき、鉱員(男子)を社員として(二七七名)、鉱員(女子)及び臨時員を準社員として(三三名)採用した。
(三) 原告らは、釜石鉱業所当時鉱員であったが、右のとおり同年三月三一日釜石鉱業所から解雇され、同年四月一日被告会社に、原告田中与一郎は採鉱部採鉱課運搬員として、他の原告らは採鉱部採鉱課直接員として、それぞれ採用された。その際、原告らは、被告会社に対し「採用されたうえは、社員として被告会社就業規則は勿論、その他、諸規則を固く守り職務に精励する。」旨の誓約をなした。
(四) 被告会社の従業員は、釜石鉱業所の閉山、被告会社の設立に伴い、出向社員は、従来どおり「日鉄鉱業職員組合」に所属し、原告らを含む社員は、被告会社設立後も引き続き「日鉄鉱業釜石鉱山労働組合」、そして、昭和五四年六月一日以後は同日改めて組織された「釜石鉱山労働組合」(これが、原告ら主張の「組合」である)の組合員となった。準社員は労働組合の組合員ではない。
3 昭和五四年上期々末手当について
(一) 社員の期末手当については、被告会社と組合との間における労働協約により、被告会社と組合との団体交渉によって決定することになっている。そして、被告会社は一月から六月までの期間につき上期々末手当として(ただし、昭和五四年上期については四月から六月まで)七月に支給し、七月から一二月までの期間につき、下期々末手当として一二月に支給することとしている。
(二) 昭和五四年上期々末手当についての交渉経過は、次のとおりである。
昭和五四年六月一九日 組合要求書提出。被告会社受理。団体交渉。
六月二六日 被告会社、組合に回答。
その結果組合と妥結。
六月二八日 被告会社、組合間に配分内容についての確認書締結。
七月一〇日 被告会社、組合と確認した内容にもとづき手当を支給。
(三) 右手当につき、同年六月二六日及び六月二八日被告会社、組合との間に締結された労働協約の内容は、次のとおりである。
(1) 昭和五四年上期々末手当、社員完全資格者一人当り一三万五〇〇〇円
(2) 支給対象者
(イ) 完全資格者
昭和五四年四月一日から同年六月三〇日までの間引き続き在籍する者から、「同年七月一日以降支給日までの間において、懲戒解雇された者および自己都合により退職した者」及び「算定期間中の公私傷病による全欠者」を除いたその余の者
(ロ) 不完全資格者
被告会社、組合双方確認(以下、労使確認と表現する。)の公傷病全欠者に対しては、職類別展開額の一〇〇パーセントを、私傷病全欠者に対しては、同額の五〇パーセントを支給する。
4 昭和五四年下期々末手当について
(一) 右手当についての交渉経過は、次のとおりである。
昭和五四年一一月一二日 組合要求書提出、被告会社受理。
団体交渉。
一一月二八日 被告会社、組合に回答。その結果組合と妥結。
一一月二八日 被告会社、組合間に配分内容についての確認書締結。
一二月八日 被告会社、組合と確認した内容にもとづき右手当を支給。
(二) 右手当につき、同年一一月二八日被告会社と組合との間に締結された労働協約内容は、次のとおりである。
(1) 完全資格者支給額
坑外員一人当り平均金三三万五、〇〇〇円
坑内員展開率を一・一六とする。(坑外員の一・一六倍とする)
(2) 不完全資格者
(イ) 全欠者
労使確認の公傷病全欠者に対しては、職類別展開額の平均額を支給する。
労使確認の私傷病全欠者に対しては、職類別展開額の五〇パーセントを支給する。
(ロ) 期間中採用者、組合専従者、期後退職者(省略)
(3) 配分 別途協議する。
(4) 支給時期 一二月八日を目途とする。
5 山神社大祭に因む報奨金支給について
(一) 昭和五四年一〇月一二日被告会社設立後初めて山神社大祭を行うこととなったが、被告会社は、従業員の日頃の労に報いかつ今後さらに意識高揚を促す意味で報奨金を支給することとなった。
(二) その内容は、次のとおりである。
(1) 支給額 一人当り金五〇〇〇円
(2) 支給対象者 昭和五四年一〇月一二日在籍する従業員(含む準社員)
ただし、全欠者、日比共同製錬株式会社への出向者、組合上部団体専従者を除く。
(3) 支給日 同年一〇月一一日
6(一) 原告らは、被告会社に採用された日から現在までまったく労務を提供しなかったから、昭和五四年上期及び下期の各期末手当についての前記各労働協約と前記報奨金支給決定における「全欠者」に該当する。
したがって、被告会社が原告らに対して、前記報奨金を支給しなかったことは当然である。
(二) また、被告会社の期末手当は、各対象期間毎の被告会社、組合間の交渉の結果として支給対象者、平均支給額、支給額の要素別配分方法、支給日等につき協約されるが、支給対象者は対象期間中現実に労務の提供のあった者を完全資格者とし、原則としてこれらの者につき支給決定するものである。しかし、対象期間中全く労務の提供のなかった全欠者についても不完全資格者とし、例外的に、「労使確認の傷病全欠者」であることを条件として救済する旨定めた。そして「労使確認の傷病全欠者」とは、協約締結の際被告会社と組合が設定した左記各項目に該当すると認められた者である。
記
(1) 就業規則に定める長期欠勤理由の手続(就業規則三〇条に定める手続)を忠実に履行しており、傷病による全欠であることが明らかなこと。
(2) 職場復帰の意欲を積極的にもち、健康管理上必要かつ適切と認められる療養に専念していること。
(3) 従業員として被告会社の諸規則を遵守し、必要と認めた指示に従っていること。
右各項目を要すれば、療養のため現実に労務の提供がない全欠者であっても従業員として、信義則にのっとり被告会社の管理下にあると認められる者については、救済するというのが、右救済措置の趣旨である。
(三) ところが、原告らは就業規則三〇条所定の手続を忠実に履行せず、かといって従業員としての労務の提供(軽作業の提供さえ)できないとの説明もしなかった。
(四)(1) また、釜石鉱山における振動障害については、釜石鉱業所当時より一斉検診を実施したり同所付属医院において適宜対処したところであるが、閉山問題を契機に、改めて一斉検診を実施することとなり、釜石鉱業所は、昭和五四年二月一四、一五日さく岩員全員一五八名を対象に、アンケートによる自覚症状調査をした結果、自覚症状を覚える者八四名であった。そこで、釜石鉱業所は、同月一九、二〇日予防第一次検診を岩手県予防医学協会に依頼し、右自覚症状ある者八三名(八四名中一名は検診できず)を対象に実施したところ、八三名中二八名(うち、被告会社に採用の者一六名)が、二次検診の必要ありと認められた。その後、前述のとおり設立された被告会社は、右の結果を尊重し、釜石労働基準協会を通じて、労働福祉事業団岩手労災病院に依頼し、同年四月一一日から二五日まで、及び六月一二日第二次検診を実施し、その結果、治療の必要があると認められた者(うち、被告会社採用の者一二名)に対しては、同病院に入院を手配した。これにもとづき、対象者は一名(原告のうち一名である)を除き、同年五月二一日から順次、右岩手労災病院に入院し、加療を受け、その後現在では、被告会社従業員で入院した者は、全員職場に復帰している。
(2) これに対し、原告らの振動障害について、被告会社が確知しているところは、次(次頁の表参照・編注)のとおりである。
(3) 以上のように、原告らは、被告会社が提供した振動障害の検診及び入院の機会を全部または一部放棄し、被告会社の従業員で岩手労災病院に入院し集中的に治療を行った者が職場復帰をしていることに比較し、一方では症度四に該当し、就労できないと主張しながら、真実症度四に該当するのなら原則として入院治療を行う必要があるとされているのに入院治療するなどして療養に専念している形跡もなかったので、原告らにつき、職場復帰の意欲を積極的にもって健康管理上必要かつ適切と認められる療養に専念しているとは認められなかった。
<省略>
したがって、原告らはいずれも前記各項目の全部に該当せず、とうてい被告会社の管理下にあるとは認め難いため、労使確認の傷病全欠者とならなかったもので、被告会社としても原告らに昭和五四年上期及び下期の各期末手当を支給しなかった。
7 振動障害と損害賠償請求について
(一) 原告ら五名は被告会社に採用された日から現在までまったく労務を提供してないのであるから、振動病と被告会社の業務との間には、業務遂行性、業務起因性がなく、被告会社の債務不履行など存在しない。
(二) 被告会社の設立、原告らが被告会社に採用された経過は、前記1に記載のとおりであって、日鉄鉱業と被告会社は別法人である。したがって、仮に原告らが日鉄鉱業時代に振動病に罹患し損害を受けたとしても、別法人である被告会社が賠償請求に応じなければならない理由はない。
四 「被告の主張」に対する原告らの認否、反論
(認否)
1 「被告の主張」1の事実は認める。
2 同2の事実は認める。
3 同3の事実につき、(一)、(二)は認め、(三)のうち、支給対象者についての部分は否認し、その余は認める。
4 同4の事実につき、(一)は認め、(二)のうち、(2)は否認し、(3)、(4)を除くその余は認める。
5 同5の事実につき、(一)は認め、(二)のうち、(1)、(3)は認め、(2)は否認する。
6 同6の事実につき、(一)のうち、原告らが労務を提供しなかったこと及び被告会社が報奨金を原告らに支給しなかったことは認め、その余は争う、(二)、(三)は否認、(四)の(1)は不知、(3)は否認(ただし、被告会社が各期末手当を支給しなかったことは認める)。
7 同7の事実は、原告らが労務の提供をしていないことは認め、その余は争う。
(反論)
1 被告会社の一時金は、一時金支給に関する労働協約の内容によれば、現実の労務の提供と対価関係に立つものではなく、労働契約の二重構造論(従業員たる地位を設定する契約と労働力を使用者の処分に委ねる義務を創設する契約)に対応して、賃金を保障的賃金と交換的賃金とに二分類した場合の保障的賃金に該当する。少くとも本件各一時金は従業員たる地位に対して支払われる保障的賃金を基本とし、交換的賃金としての性格は修正要素として若干加味されたものに過ぎない。このことは本件各一時金の支給に関する労働協約によると、(一)一時金中には対象期間の勤務成績により減額できる部分があるが、その額は一時金全体額の三六パーセントを限度とされているし、(二)欠勤による一時金の減額は、「公傷病」による欠勤は減額しない、「私傷病」による欠勤は、欠勤一日を〇・五に換算した数値に六〇一円を乗じた額を減ずる、その余の欠勤は「事故」扱いとし、欠勤一日を二に換算した数値に六〇一円を乗じた額を減ずる、無届欠勤は欠勤一日を三に換算して、これに六〇一円を乗じた額を減ずる、とされていることによっても明らかである。
2 被告は「完全資格者」ならびに「不完全資格者」なるカテゴリーをもちだし、一時金支給対象者は原則として完全資格者に限るとするが、労働協約中にかような規定はなく、慣行上もかような原則は存在しない。「完全資格者」は一時金とは別途支給された生産協力金支給対象者を定める基準として機能するカテゴリーに過ぎず、原告らはこれの支給を請求していないので、本件とは何の関りもない。
さらに被告は、不完全資格者のうち、労使確認の公傷病全欠者には一〇〇パーセント、私傷病全欠者には五〇パーセントを支給する旨の協約が存すると主張するが、そのような事実はなく、また、労使が各全欠者につき確認の手続をする制度もその事実も全く存しない。
3 仮に労働協約上「労使確認」の公傷病者に全額を支払う旨の文言があったとしても、労使確認が公傷病者に対する一時金支給要件となるものでないことは自明というべきである。右の文言は「公傷病」認定の簡易の方法を挙示したにすぎず、使用者がたとえ否認したとしても、他の方法により「公傷病による欠勤」であることが立証できれば、被告は一時金を支払わなければならない(そうでなければ、被告会社においてはいかなる労働災害・職業病にも一時金支払いを拒絶することができる随意条件付約款を取得したことになってしまう。)。そして、「公傷病」とは、業務上の疾病、すなわち労働災害・職業病を指すものであるところ、原告田中与一郎は昭和五二年七月、その余の原告は昭和五四年五月一八日、いずれも釜石労働基準監督署長より振動病の罹患につき業務上の認定を受け、今日まで労災保険による休業補償給付を受給しながら、その治療に専念しているものである。
なお、昭和五四年四月二日、原告らは各診断書を被告会社労災係に提出し、労災保険医療給付ならびに休業補償給付請求手続に必要な事業主証明を請求した。ところが、同月四日被告会社はいったん受けとった右の書類を「会社としては受けつけられない」として原告らに突き返した。
原告らは、その後も原告らの休業が「公傷病」扱いになっていないことを不満とし、「公傷病」扱いとするよう会社と交渉をもっているが、会社担当者(総務課長)は「診断書など出しても、会社は受けとるつもりはない」旨暴言を吐き、原告らに対する誠意ある態度を見せたことはない。
4 一時金支給協定における「公傷病」とは、被告会社が分離独立して設立される以前の日鉄鉱業釜石鉱業所時代における業務に起因する「公傷病」を含むものであることに疑問の余地がない。けだし、昭和五四年上期の一時金協定は、会社独立後最初の一時金協定であり、この協定のなかで「公傷病全欠者」なる概念がでてくるのは一時金対象期間前の、すなわち日鉄鉱業時代傷病者を想定する以外に考えられず、また現実の取り扱いにおいても、日鉄鉱業時代の公傷病による全欠者はいずれも(原告らのみを例外として)一〇〇パーセントの一時金を受給している。労使双方にとって、日鉄鉱業は被告会社の「前身」との意識のもとに、日鉄鉱業における業務上疾病は被告会社において責任を有すべきは当然と考えられていたことにより、右の合意が成立したものであって、法的な二社の連続性、同一性に触れることなく、協約の解釈として右のように解されるのである。
第三証拠(略)
理由
一 次の事実は当事者間に争いがない。
1 被告は、日鉄鉱業の釜石鉱業所が昭和五四年三月三一日に閉鎖された後同鉱業所の資産を譲受けるなどして、鉄鉱、銅鉱等の採掘ならびに販売を目的として日鉄鉱業から分離独立して設立された会社である。
2 原告らは日鉄鉱業の釜石鉱業所の鉱員(採掘、選鉱等の現場作業等に従事する)であり、同鉱業所の鉱員で組織する「日鉄鉱業釜石鉱山労働組合」の組合員であったが、同鉱業所の閉鎖に伴い昭和五四年三月三一日解雇され退職金を受領した。そして、同年四月一日、原告田中与一郎は採鉱部採鉱課運搬員として、その余の原告らは同部同課直接員としてそれぞれ被告会社に採用され、原告らは被告会社の坑内作業員たる従業員(社員)である。
3 原告らは、被告会社の社員で組織された「日鉄鉱業所釜石鉱山労働組合」の、同組合が同年六月一日改組されて「釜石鉱山労働組合」(以下「組合」という)となった後は同組合の組合員である。
4 被告会社の社員の期末手当については、被告会社と組合との間における労働協約により、被告会社と組合との団体交渉によって決定されることとされている。そして被告会社は一月から六月までの期間につき上期々末手当として(ただし、昭和五四年上期については四月から六月まで)七月に支給し、七月から一二月までの期間につき下期々末手当として一二月に支給することとしている。
二 原告らの振動障害について
1 (証拠略)を総合すれば、原告らの振動障害とその治療経過等は次のとおりであると認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
(一) 原告菅原茂男
同原告は昭和五四年三月二八日盛岡医療生活協同組合の経営する仁王診療所(医師吉田久)の診察を受け、同医師による「振動障害の認定基準について」(昭和五二年五月二八日基発三〇七号)の<別添1>「振動障害に関する検査項目及び検査手技について」のⅠ、Ⅱに指示された検査項目を含む諸検査の結果、第三期と第四期の中間の症状を呈する振動障害で、当分の間休業加療を要する旨診断され、同日以後同診療所に定期的に通院治療する一方、同医師の指示で釜石市所在の阿部外科医院に通院して治療してきたが、吉田医師作成の昭和五五年六月一六日付診断書によると「今後当分の間休業の上通院加療を要する。」と記載されている。
同原告は昭和五四年五月一八日振動障害につき業務上の疾病の認定(以下、「業務上認定」という)を受け、同年四月から労働者災害補償保険法(以下、「労災法」という)に基づく療養補償及び休業補償の各保険給付を受けている。
なお、吉田医師による振動障害の症度決定は、林業災害防止協会による症度区分に、高松らの症度分類を参酌して決定しており、おおむね労働省の採用している症度分類に一致している(<証拠略>参照)
(二) 原告田中与一郎
同原告は昭和五四年三月二六日前記仁王診療所の診察を受け、吉田医師による前記諸検査の結果第四期の振動障害で当分の間休業加療を要する旨診断され、同日以降同年五月までは同診療所に通院し、同月以降は同医師の指示で前記生活協同組合経営の川久保病院に入院し、同病院を退院した同年一〇月以降は再び同診療所に定期的に通院するほか、同医師の指示で昭和五五年一月からは前記阿部外科医院にも通院してそれぞれ治療を続けてきたが、吉田医師作成の昭和五五年六月一六日付診断書によると「今後当分の間通院加療を要する。」と記載されている(なお、証人吉田は同原告は現在もなお労働できない状態である旨証言している)。
同原告は仁王診療所の右診断前に振動障害により釜石鉱業所病院で治療中であった者で、昭和五二年七月一四日振動障害につき業務上認定を受け、昭和五一年八月二三日から労災法に基づく療養補償の、昭和五四年四月一九日から同法に基づく休業補償の各保険給付を受けている。
(三) 原告田中日出夫
同原告は昭和五四年三月二七日前記仁王診療所の診察を受け、吉田医師による前記諸検査の結果振動障害で、当分の間休業加療を要する旨診断され(なお、診断書(<証拠略>)には初診時における症度の記載がなされていないが、後述する療養経過、諸検査結果の他原告との対比などからして、第三期程度の症度であったものと推認される)、同日以降同年七月までは同診療所に通院し、同月一六日以降同年一二月二九日までは同医師の指示で前記川久保病院に入院し、同病院を退院した後は定期的に仁王診療所に通院する一方、同医師の指示で前記阿部外科医院にも通院してそれぞれ治療を続けてきたが、吉田医師作成の昭和五五年六月一六日付診断書によると「今後当分の間通院加療が必要である。」と記載されている(なお、証人吉田は、同原告は現在もなお労働できない状態である旨証言している)。
同原告は昭和五四年五月一八日振動障害につき業務上認定を受け、同年四月から労災法に基づく療養補償及び休業補償の各保険給付を受けている。
(四) 原告藤原静雄
同原告は昭和五四年三月二七日前記仁王診療所の診察を受け、吉田医師による前記諸検査の結果第三期の振動障害で当分の間休業加療を要する旨診断され、同日以降定期的に同診療所の通院治療を受ける一方、同医師の指示で同年七月一日以降前記阿部外科医院に通院して治療を続けているが、吉田医師作成の昭和五五年六月一六日付診断書によると、「今後当分の間在宅安静の上通院加療を要する。」と記載されている(なお、証人吉田は同原告は現在もなお労働できない状態にある旨証言している)。
同原告は昭和五四年五月一八日振動障害につき業務上認定を受け、同年四月から労災法に基づく療養補償及び休業補償の各保険給付を受けている。
(五) 原告伊藤勝男
同原告は昭和五四年三月二八日前記仁王診療所の診察を受け、吉田医師による前記諸検査の結果第四期の振動障害で当分の間休業加療を要する旨診断され、同日以降週二回から三回同診療所で通院加療を続けているが、同医師作成の昭和五五年六月一六日付診断書によると「今後当分の間通院加療を要する。」と記載されている(なお、証人吉田は同原告は現在もなお労働できない状態にある旨証言している)。
同原告は昭和五四年五月一八日振動障害につき業務上認定を受け、同年四月から労災法に基づく療養補償及び休業補償の各保険給付を受けている。
(六) 原告らはいずれも日鉄鉱業において長年鉱員としてさく岩機を使用する労働に従事していたもので、被告会社に採用された後は一日も現実に稼働していない。
2 ところで、原告らが罹患し、業務上の疾病と認定された「振動障害」とは、労働基準法七五条二項、労働基準法施行規則三五条、別表第一の二、三3にいう「さく岩機、鋲打ち機、チェーンソー等の機械器具の使用により身体に振動を与える業務による手指、前腕等の末梢循環障害、末梢神経障害又は運動器障害」を内容とする疾病にほかならないところ、前記認定事実及び(証拠略)を総合すれば、原告らはいずれも日鉄鉱業において従事していた労働(業務)によって振動障害に罹患し、そのため、被告会社に採用された日以降現在まで欠勤し、仁王診療所の吉田医師の指示にしたがい、入院もしくは通院の治療を続けているものと認められ、(人証略)には右認定に反する趣旨の部分も存するがたやすく措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三 昭和五四年上期々末手当に関する労働協約について
1 昭和五四年上期々末手当(以下、単に「上期一時金」ともいう)についての被告会社と組合との交渉が被告主張の経過をとって昭和五四年六月二六日合意をみ、同月二八日配分内容についての確認書(<証拠略>によると、正式には「期末一時金配分確認書」である)が取り交わされて、上期一時金についての労働協約が成立し、これに基づいて被告会社は同年七月一〇日上期一時金を支給したことは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、被告会社と組合が締結した上期一時金に関する労働協約の内容は、昭和五四年四月一日から同年六月三〇日までを上期一時金の算定期間とし(当事者間に争いがない)、右算定期間中引続き在籍する者から、算定期間中の中途採用者(「期中採用者」)及び傷病全欠者などを除く者を「完全資格者」とし、その余の者を不完全資格者とし、(イ)「完全資格者」に対しては、一三万五〇〇〇円に「完全資格者」数を乗じた金額を一時金財源とし、右一時金財源を年齢給財源と坑内員、坑外員の職類別財源とに二分したうて、社員たる坑内員、坑外員各人の支給額を決定する(その平均はもとより一三万五〇〇〇円であって、被告会社の回答に一致する)など、(ロ)「不完全資格者」については、「労使確認に基づく公傷全欠者に対しては、職類別に職類別平均額を支給する。労使確認に基づく私傷全欠者に対しては、職類別に職類別平均額の二分の一を支給する。」などというものであったこと、右労働協約によって配分計算すると、坑内員の職類別平均額は一四万四一七円となること、被告会社と組合は、原告らは算定期間中の全欠者であるが、「労使確認」はできないとし、その結果、被告会社は、原告らに対し、組合専従者、日比共同製錬株式会社への出向者らに対すると同様、上期一時金の支給をしなかったこと、なお、被告会社は、算定期間中の全欠者であった者三名に対し、「労使確認の私傷全欠者」に該当するとして所定の上期一時金を支給したことの各事実が認められる。原告ら提出の(証拠略)には「不完全資格者」に関する事項についての記載はないが、同号証は、その体裁及び原告菅原本人の供述によれば、組合発行の情勢報告ともいうべき文書であって、組合が上期一時金に関する労働協約の内容をとりまとめて組合員に報告する目的で作成された文書と認められるから、前記労働協約の内容の全部を完全に記載したものと解さなければならないものではないので、上期一時金に関する労働協約の内容についての前記認定と必ずしも矛盾するものではないし、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。
2 被告は、原告らが被告会社と組合とが設定した三要件を満たしていなかったので、労使確認の傷病全欠者に該当しないものとされたから、原告らに上期一時金を支給しなかった旨主張するのに対し、原告らは、労働協約中の「労使確認」の文言は「公傷病」認定の簡易の方法を挙示したにすぎず、「労使確認」が一時金の支給要件ではないから、「公傷病による欠勤」であることが他の方法により立証できれば一時金の請求をなしうるのであり、公傷病者たる原告らに上期一時金の請求権がある旨主張するので、上期一時金に関する労働協約中の「労使確認に基づく公傷全欠者」及び「労使確認に基づく私傷全欠者」の「労使確認」の意味するところについて検討する。
当事者間に争いのない事実(前記一の事実及び上期一時金についての交渉に関する三、1の事実)と(証拠略)を総合すれば、被告会社は、日鉄鉱業の釜石鉱業所の資産等を譲受けるなどして日鉄鉱業から分離独立するかたちで昭和五四年四月に設立されたのであるが、日鉄鉱業の釜石鉱業所当時においては昭和二三年ころ以降同鉱業所が廃止された昭和五四年三月までは同鉱業所の鉱員たる私傷病全欠者、公傷病全欠者に対し金額はともかくとして期末一時金を支払っていたこと、期末一時金に関し、「完全資格者」、「不完全資格者」の概念、文言が使用されるようになったのは被告会社になってからの昭和五四年上期一時金交渉からであること、組合は、昭和五四年六月一九日釜石鉱業所当時におけると同様、労働協約三八条により、被告会社に対し、同年上期一時金につき、組合員一人当り二二万五〇〇〇円を要求する旨の要求書を提出したこと、組合と被告会社は上期一時金交渉を同月二六日まで続け、被告会社は同日、上期一時金を「坑内外実務社員完全資格者」一人当り一三万五〇〇〇円とし、配分については別途協議することを内容とする回答をなしたこと、右団体交渉においては、被告会社は上期一時金の支給対象者を「完全資格者」(その原則的な内容については前述のとおりである)に限定し、その余は支給対象者としない立場をとり、右回答もそのような立場からなされたものであったが、組合からは、傷病全欠者も従来通り支給すべき旨の要求を受けていたことから、その後、組合と被告会社は、被告主張の三項目の要件すなわち
(1) 就業規則に定める長期欠勤理由の手続(就業規則第三〇条に定める手続)を忠実に履行しており、傷病による全欠であることが明らかなこと(以下、第一要件という)
(2) 職場復帰の意欲を積極的にもち、健康管理上必要かつ適切と認められる療養に専念していること(以下、第二要件という)
(3) 従業員として被告会社の諸規則を遵守し、必要と認めた指示に従っていること(以下、第三要件という)の三要件を設定し、右三要件全部に該当すると認められる傷病全欠者(算定期間の全部を公傷病または私傷病により労務を提供しなかった者)は、「労使確認に基づく公傷全欠者」または「労使確認に基づく私傷全欠者」として支給対象者に加えることで合意し、前記内容の上期一時金に関する労働協約の成立をみたことが認められ、証人鈴木の証言中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、昭和五四年上期一時金に関する労働協約中の「労使確認に基づく公傷全欠者」、「労使確認に基づく私傷全欠者」にいう「労使確認」とは、前記三要件に該当する公傷病または私傷病による全欠者を意味し、これを簡潔に表現するための文言として採用されたものと推認することができ、被告会社の総務部総務課長として被告会社の立場から右交渉にあたった証人鈴木が、原告代理人からの前記三要件の協議状況についての質問に対し、「それは最後に労使確認という言葉で出てきました。」(同人の第九回口頭弁論期日における証人調書三二丁裏一行目から二行目)と証言しているのは、右推認を裏付けるものというべきである。
そうとすれば、原告らに上期一時金の請求権があるか否かは、原告らそれぞれにつき右三要件全部に客観的に該当するものといえるか否かによって決せられるべきものであり、被告会社及び組合が原告らにつき右三要件全部に該当すると認めなかったとしても、これに拘束されず、原告らが右三要件全部に客観的に該当する手続、行動をしているときは、原告らに上期一時金の請求権があることとなる。
原告らの前記主張は右限度で正当として採用できる。
四 昭和五四年下期々末手当に関する労働協約について
1 昭和五四年下期々末手当(以下、単に「下期一時金」ともいう)についての被告会社と組合との交渉が被告主張の経過をとって同年一一月二八日合意をみ、下期一時金に関する労働協約が締結され、同年一二月八日これに基づいて被告会社が下期一時金を支給したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、被告会社と組合が締結した下期一時金に関する労働協約の内容は、昭和五四年七月一日から同年一二月三一日までを下期一時金の算定期間とし(当事者間に争いがない)、右算定期間中引続き在籍する者から、算定期間中の中途採用者(「期中採用者」)、組合専従者、傷病全欠者、期後退職者を「不完全資格者」とし、これを除くその余の者を「完全資格者」とし、(イ)「完全資格者」たる坑外員に対しては一人当り平均三三万五〇〇〇円、坑内員にはその一・一六倍の三八万八六〇〇円を支給する、(ロ)「不完全資格者」中の全欠者のうち「労使確認の公傷病全欠者に対しては職類別に展開額の平均額を支給する。労使確認の私傷病全欠者に対しては、職類別展開額の五〇パーセントを支給する、」などというものであったこと、被告会社と組合は、原告らは算定期間中の全欠者であるが、「労使確認」はできないとし、その結果、被告会社は原告らについては組合専従者、日比共同製錬株式会社への出向者らに対すると同様、下期一時金の支給をしなかったこと、なお、被告会社は、算定期間中の全欠者であった者四名に対し、「労使確認の私傷病全欠者」に該当するとして所定の下期一時金を支給したことが認められ、原告ら提出の(証拠略)は前記三1において(証拠略)を排斥したと同一の理由によって右認定を左右するに足りないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 そして、右労働協約中の「労使確認の公傷病全欠者」、「労使確認の私傷病全欠者」の「労使確認」の意味内容については、(人証略)によれば上期一時金に関する労働協約の「労使確認」の際の交渉を前提としそれとほぼ同様の交渉を経て採用された文言であるものと認められるから、前記三、2で述べたと同一の理由によって、上期一時金に関する労働協約における「労使確認」の意味、内容と同様、前記三要件全部に該当する者を簡潔に表現するために採用された文言であると推認される。
五 そこで、原告らが前記三要件全部に該当するかについて検討する。
1 (証拠略)によれば、次の事実が認められる。
(一) 日鉄鉱業は釜石鉱業所の閉鎖処理の一環として、昭和五四年二月同鉱業所々属のさく岩員全員について自覚症状調査(アンケート調査)を実施し、自覚症状を訴える八四名につき、同月一九日及び二〇日岩手県予防医学協会に依頼して同鉱業所で第一次検診を実施した。右自覚症状調査及び第一次検診に応ずるかどうかは、従業員の任意にまかされ、同鉱業所としてこれに応ずることを強く勧めるようなことはなかった。
(二) 右第一次検診の結果は同年三月三日同鉱業所に報告され、二八名について第二次検診を必要とする、というものであった。同鉱業所ではそのころ右第一次検診結果を同鉱業所の鉱員で組織されていた「日鉄鉱業釜石鉱山労働組合」(現在の組合の前身ともいうべきもの)の役員に、公表を控えるよう要請して通知したのみで、被検者には一切知らせずに同鉱業所は同月末閉鎖された。
(三) 被告会社は同鉱業所から右第一次検診結果を引き継ぎ、同検診で第二次検診を必要とされた者について、同年四月以降になって労働福祉事業団岩手労災病院で第二次検診を受けるよう指示し、これを受診した者に対しては同病院での入院治療を含む加療を指示した。
(四) 原告藤原は、前記自覚症状調査に回答せず、かつ第一次検診も受診しなかったし、同原告を除くその余の原告四名はいずれも自覚症状調査に回答して振動障害に関する自覚症状を訴えるとともに、第一次検診を受診した。右原告四名の第一次検診の結果は、原告田中与一郎が健康管理区分Cに、同田中日出夫は同区分Bに各該当する振動障害があり、原告菅原、同伊藤については第二次検診が必要と判断されたのみで、具体的な健康管理区分の判定はなされなかった(なお、右健康管理区分は「チェンソー取扱い業務に係る健康管理の推進について」(昭和五〇年一〇月二〇日基発六一〇号)による健康管理区分である)。
(五) 原告らは、日鉄鉱業の釜石鉱業所及び同鉱業所に所属する労働組合の双方から第一次検診の結果を知らされないまま、前記のとおり同年三月下旬相次いで仁王診療所を訪れ、吉田医師の診察、検査を受け、振動障害により当分の間休業加療を要する旨診断されたことから、同月三一日その旨の診断書(ただし、原告田中与一郎の診断書には病名の記載が脱ろうしていた)の発行を受け、被告会社の操業第一日である同年四月二日、所属する「日鉄鉱業釜石鉱山労働組合」の事務所を訪れ、同組合の書記長に仁王診療所での右診断書を示して労災法による休業補償給付等の請求用紙に被告会社から事業主証明を得るについて被告会社まで同行して援助して欲しい旨の依頼をした。
(六) ところが、前記自覚症状調査、第一次及び第二次検診は、同組合が釜石鉱業所の閉鎖を目前にして職業病の責任の所在を明らかにするための組合活動の一環として日鉄鉱業に要請して実施されたもので、第一次及び第二次検診の実施方法、実施機関についても、同鉱業所との間に口頭了解がなされていたことから、同書記長は、原告らが右了解に反し、他の医療機関で診療を受け、その診断結果をもとにして被告会社に右のような要請をするについて同行して原告らを援助することはできないとの理由で、原告らの右同行、援助依頼を拒絶した。そのため、原告らだけが被告会社に行き、労務担当の社員に、前記診断書を提出して、以後振動障害の故に欠勤する旨口頭で届出るとともに、前記請求用紙に被告会社として事業主証明をして欲しい旨求め、被告会社の労務担当の社員は検討しておく旨答えて右診断書及び請求用紙を受領した。
(七) しかし、被告会社は、同月四日、原告らに対し、岩手労災病院でクロスチェックのための検診を受けるよう指示して事業主証明をすることなく、右診断書及び請求用紙を返還し、その後も何回か原告らに対し、同病院での検診を指示したが、原告菅原を除くその余の原告らはいずれもすでに仁王診療所で診察、治療を受けていることを理由に岩手労災病院で検診を受けることを拒否し、また原告菅原の同病院での第二次検診の結果は健康管理区分C3というものであったが、他の原告らと同様の理由で同病院で治療を受けることはしなかった。
(八) 被告会社が原告らに対し、岩手労災病院での検診を受けるよう指示したのは、原告らは釜石鉱業所が閉鎖された昭和五四年三月三一日まで坑内作業員として現実に稼働していたし、仁王診療所の診断書によると同鉱業所で実施された第一次検診で一定の条件付ではあるが就業してもよいとされる健康管理区分Bに該当する原告を含む全原告についても、「休業加療を要する」旨の診断結果となっていることに疑問を持ったことのほかに、原告らにつき仁王診療所の診断結果を被告会社として承認することは労働組合との合意のもとになされている統一的な検診とその結果に基づく統一的な処遇の例外を認める結果となって好ましくないとの配慮もあってのことであった。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上の認定事実を前提として、原告らが前記三要件にあてはまるといえるかについて検討を加える。
2 被告は、原告らが第一要件の長期欠勤理由の手続(就業規則第三〇条の手続)を履践していないから、同要件にあてはまらないと主張する。
(証拠略)によれば、被告会社の就業規則三〇条は「病気その他のやむを得ない事由によって欠勤するときは、その理由と所要日数を事前に届出なければならない」(一項本文)、「病気のため欠勤引き続き四日以上にわたるときは、医師の診断書を添付しなければならない」(二項)と規定して欠勤手続を定めている。
しかるところ、原告らが、振動病のために当分の間休業加療を要する旨の診断書を持参して、被告会社の労務担当の社員に口頭で、以後欠勤する旨の届出をしたことは前記認定のとおりであるから、原告らは就業規則三〇条所定の長期欠勤届の手続を履践していないとはいえない。もっとも、就業規則第三〇条の欠勤の届出は書面での届出を要するとは明示的には読みとれないが、同条二項が「診断書を添付」と表現しているところからすると書面での欠勤届出を要求する趣旨ともとれなくはない。また、原告田中与一郎の診断書には病名の記載が脱ろうしていたし、原告らの診断書はその全部が休業を要する期間につき「当分の間」とあるのみであるから、欠勤を要する「所要日数」の明示があるとはいえないかもしれない。証人鈴木は、原告らの持参した診断書には右のような欠陥があったので受理しなかった旨証言するが、(人証略)によれば、釜石鉱業所の当時から欠勤届出は口頭でも受理されていたように窺われるし(<人証略>)、被告会社が原告らの欠勤届出を受理しなかったのは右のような形式的手続違反を理由とするものではなく、被告会社が原告らに対して岩手労災病院で検診を受けるよう指示したと同様の理由(前記五、1、(八))によるのであったことが認められ、そのことは原告らが診断書を返還された際、病名の記載もれや休業期間の明示した診断書を提出するよう指導もしくは指示された形跡のないことに照らしても明らかであり、右程度の指導、指示を履践することは難事とはいえない。証人鈴木の右証言は措信できない。したがって、被告会社において原告らの提出した診断書の右のような形式的不備や手続違反の故に原告らが就業規則三〇条の長期欠勤届出手続を履践していないと主張することは許されない。
そして、原告らの振動障害とその治療経過等に関する前記二の認定事実及び原告らの四月二日及び同日以降の被告会社との交渉の事実を考慮すると、原告らが傷病による全欠者であることは遅くとも上期一時金に関する労働協約を締結した昭和五四年六月の時には被告会社にとっても明らかであったものというほかない。
してみれば、原告らが第一要件にあてはまらないということはできない。
3 被告は、原告らは被告会社の提供した検診及び治療の機会の全部または一部を放棄し、療養に専念している形跡もなかったから、第二次要件にあてはまらない旨主張する。
しかし、原告らの振動障害の状態、治療経過は前記二に認定したとおりであって、これに原告らの主治医である証人吉田の証言、原告菅原本人の供述を総合勘案すれば、原告らが積極的な職場復帰の意欲を持っていないとも、健康管理上必要かつ適切と認められる療養に専念していないともいうことはできない。
被告は、原告らが被告会社の提供した検診、治療の機会を利用しないことを問題とするが、原告らが右機会を利用しなくとも、原告らの疾病である振動障害の診察、治療に客観的にも適当と認められる他の医療機関で担当医師の指示に従って治療している場合には特段の事情のないかぎりは健康管理上必要かつ適切と認められる療養に専念しているものというべきである。しかして右特段の事情の有無の判断にあたっては、通院による治療が担当医師によって認められた場合には、通院治療の性質上、患者が日常生活その他の必要からやむなく振動障害の治療に必ずしも適合するとはいえないような行動、態度に及ぶことあるはある程度不可避のことであって、担当医師はそのようなことも考えに入れながら在宅での通院治療の方法を選択するのが通常であるから、患者が通院治療をしている間において、振動障害の治療に有害であること明らかな作業、労働もしくは行動をするなどのことがなければ療養に専念しているものといってさしつかえないと解する。
(証拠略)によれば、原告らが診察、治療を受けている仁王診療所には入院設備こそないが、振動障害の診察、治療に必要な医療機器は一応整備されていることが窺われるし、担当医師に振動障害の診察、治療に関する知識経験に欠けるところがあるとも認められない。そして、前記二に認定した事実に原告菅原本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、原告らが右担当医師の治療に関する指示を遵守して療養していることが知られる。もっとも、原告らの振動障害は症度三もしくは症度四と診断されているところ、成立に争いのない(証拠略)によると、労働省が設置した「振動障害の治療等の検討に関する専門家会議」による報告では、症度三及び症度四の振動障害の治療の方針として、「通常の労働は禁止し、原則として入院治療を行う」とされており、(人証略)によれば、被告会社が実施して第二次検診を受け、岩手労災病院から健康管理区分Cに該当する振動障害と判定された者については、原告菅原を別として、同病院にかなりの期間入院して治療を受け、症状の軽快をみて退院し職場復帰をしている事実が認められるが、右報告でも症度三及び症度四の振動障害の治療方針として入院治療以外の治療方法が全く否定されているわけではないし、吉田医師も原告田中与一郎、同田中日出夫に対しては入院治療の必要を認めて入院を指示し、他の原告らには入院治療までの必要を認めていないためその指示をしていないものと認められる(<人証略>)。そして当裁判所には、右以外には、岩手労災病院、仁王診療所のいずれか一方の治療方針、治療方法が是で他方が非であると判断するに足りる資料はない。したがって、原告らが被告会社の提供した検診や治療の機会を利用しないこと、原告らの一部が入院治療していないことから原告らが必要かつ適切と認められる養療に専念していないとはいえない。そして、原告らについて療養に専念していないものとする程の特段の事情があったことを認めるに足る証拠はない。(この点に関する<人証略>は具体的事実の摘示とその根拠に欠けるし、右各証言及び原告菅原本人の供述による原告らの車両の運転などの行為はその具体的態様、程度が証拠上明らかではないから、前記判断基準に照らして右特段の事情ありというには十分ではない)。
したがって、原告らが第二の要件を満たしていないということはできない。
4 被告会社は、原告らが第三の要件にあてはまらないと主張するようであるが、何故同要件にあてはまらないかについては具体的指摘をしない。しかし、証人鈴木は原告らが被告会社の指示した岩手労災病院での検診及び同病院での入院治療を含む治療を受けるのを拒否していることが被告会社の指示に反している旨証言し、(人証略)によれば、原告らが「労使確認」の対象からはずされたのは右の点が最大の理由であったものと推認される。
しかしながら、病気の診察(検診も含む)、治療に関する医療機関の選択の自由は原則として病気に罹患した労働者に留保されているものというべく、特定の医療機関での診察、治療が労働契約上の義務とされている場合はともかくとして、使用者に特定の医療機関で診察、治療を受けることを労働者に指定、指示する一般的な権限があるものではなく(労働安全衛生法六六条五項ただし書参照)、このことは労働者の罹患した病気が業務上の疾病であっても異ならない。被告会社の就業規則(<証拠略>)を検討しても、被告会社に医療機関の指定、指示に関する権限があることを定めた条項はないし、被告会社と組合との労働協約(<証拠略>)にも右権限が被告会社にあることを明示する条項はない。前記認定のとおり岩手労災病院で第二次検診を実施し、同病院で治療することは被告会社と原告らの所属していた労働組合、そして原告らが所属している組合との口頭了解事項というべきであるが、原告らがこれに拘束されるものではない(右了解は口頭でなされているからもとより労働協約としての効力を有するものではないが、仮に労働協約であるとしてもいわゆる債務的部分である)。したがって、被告会社が原告らに対し岩手労災病院を指定して検診、治療を指示しても、右指定、指示は原告らを法的に拘束するものではないから、原告らに対する被告会社の希望、要請としての意味しかないものというべきである。
もっとも、被告会社としては原告らの前記診断書の記載に前記五、1、(八)にあるような疑問を持ったというのであり、右疑問はその理由からみて全く根拠のないものというべきものではないが、右疑問にしても、原告らを通じて仁王診療所に詳細な診断内容を記した診断書の提出や検査結果の報告を求めることにより解消する可能性がないわけではなく、そのことにより証人鈴木の証言するところの振動障害を有する従業員の統一的診断とこれに基づく統一的かつ差等のない処遇に資する余地もある。
そうとすれば、原告らが被告社会の右指定、指示に服さなかったことをもって、原告らが第三要件に該当しないということはできない。けだし、同要件にいう「指示」は、被告会社が原告らに対し適法になしうる指示、換言すれば原告らが従業員としてこれに拘束される指示に限定されることは当然のことであるから。
5 以上によれば、原告らに前記三要件の全部の該当に欠けるところはない。そして、(人証略)によれば、原告らのような日鉄鉱業の釜石鉱業所における業務によって振動障害に罹患した被告会社の社員は、上期一時金及び下期一時金に関する前記各労働協約における「労使確認に基づく公傷全欠者」、「労使確認の公傷病全欠者」中の「公傷全欠者」、「公傷病全欠者」に該当もしくはこれらに準ずる者としてこれらに含まれることが認められるから、原告らは右各労働協約の適用を受け、その効果により、被告会社に対し、上期一時金及び下期一時金として、それぞれ坑内員に対する職類別平均額の一四万四一七円、三八万八六〇〇円の支払を求める権利を有する。
六 山神社大祭に因む報奨金について
1 (証拠略)によれば、被告主張の5の(一)及び(二)の事実が認められる(5の(一)及び(二)の(1)、(3)の事実は当事者間に争いがない)。
右によれば、被告会社は右報奨金を昭和五四年一〇月一二日に被告会社に在籍する従業員のうち、全欠者、日比共同製錬株式会社への出向者、組合上部団体専従者を除くその余の者に支給する旨の意思表示をしたにとどまるから、その支給対象者から除かれた原告らの如き全欠者が被告会社の右のような意思表示を根拠として右報奨金について、その性質が一般的にみて賃金であるとしても、請求権を有すると解する余地のないことは明らかであって、原告らの右に関する主張は到底採用できない。
2 また、原告らの「振動障害」はいずれも日鉄鉱業の釜石鉱業所に勤務していた当時の労務(業務)に原因するものであること前記のとおりであるところ、日鉄鉱業と被告会社とは法人格を異にすること明らかであるから、原告らが日鉄鉱業の安全保障義務違反を理由として右報奨金相当額の損害賠償を被告会社に求めることが当然にできるものではない。被告会社が日鉄鉱業の釜石鉱業所からその資産の譲渡を受けて日鉄鉱業から分離独立されて設立された会社である事実もそれだけでは被告会社に右請求をなす根拠としては十分でない。もとより、原告らの「振動障害」は日鉄鉱業の業務に原因したものであって、被告会社の業務に原因したものではないのであるから、被告会社の安全保障義務違反を理由とする被告会社に対する損害賠償請求はその前提を欠き失当である。
したがって、原告らの被告会社に対する損害賠償請求は失当である。
七 結論
よって、原告らの被告に対する本訴請求は、原告らが被告に対し、それぞれ、上期一時金及び下期一時金の合計額である五二万九〇一七円及びこれに対する支給日の翌日以後である昭和五四年一二月九日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条ただし書、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長門栄吉)